"60 Years Later" 騒動、その後

一般ニュースでも流れているようだったので、「もういいか」と思ってたんですけど、「サリンジャー 続編」という検索でこのブログに来られる方が多いようなので、フォロー記事を書いておくことにしました。

改めて日本語のニュースサイトの記事を見てみましたが、ロイターやAP通信のコピペばかりですね。このニュースはディティールが面白いんですが、おおざっぱな情報しか紹介されていないようです。

まず、これまでの経緯から。
イギリスの出版業界サイト theBookseller.com で、The Catcher in the Rye の続編らしい作品のことを知ったサリンジャーのエージェントが、一冊見本を送るように要請したというのが5月半ばのこと。この時点で、問題の60 Years Laterはイギリスで既に出版されていたようです。

6月に入ってサリンジャーの弁護士がマンハッタンの連邦法廷に正式に提訴し、60 Years Later: Coming Through the Rye の出版差し止めを求めました。訴えによると「The Catcher in the Ryeの続編を創作する権利、及びHolden Caulfieldというキャラクターを使用する権利はサリンジャー氏だけが所有し、彼は「その権利を行使しないことを選択している」ということです。

サリンジャー側は、当事者である60 Years Later の作者の他に、イギリスでの発行元であるWindupbird Publishing(この本以外の出版履歴なし)、その親会社でスウェーデンに本拠を置くNicotext、さらにNicotextアメリカでの流通を請け負うSCB Distributors三者の召喚を求めています。

さて気になる著者の名前は、John David California。カリフォルニアなんて苗字がふざけたものですが、さらにサリンジャーの本名 Jerome David Salingerとイニシャルまで合わせています。ちなみに著者近影とされているのがTelegraph紙に載ったこの写真。実にデタラメな男前(笑)ですが、この男の経歴が本当に怪しいのです。

Amazon.ukの販売ページに著者略歴が掲載されていますが、それによると「カリフォルニア生まれ。スウェーデン人の母親とアメリカ人の父親の間に生まれる。両親は巡回サーカス団で働いており、John Davidは生まれた州にちなんで名づけられた。」とあります。作家としての経歴は、フリーランスのトラベルライターや、ショート・フィルムの台本を書いていた程度。他にも、墓堀り人だったとか、トライアスロンの選手だったとか、好き放題書いてますね。


さて今回の騒動の主犯と目されるのが、スウェーデンに本拠を置くNicotextという出版社なわけですが、ホームページはこちらです。

http://www.nicotext.com/us/?sida=bocker

2003年設立したばかりで、現在40タイトルほどがリストに挙がっています。タイトルを見てもらうとわかりますが、要するにジョークブック専門の出版社ですね。イギリスでの60 Years Later 販売のために Windupbird Publishingという出版社を急遽立ち上げたようですが、どこまで実体がある会社なのかは不明……。あれ、Windupbirdって……村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル(The Wind-Up Bird Chronicle)』 からパクッてるんじゃないよね?

肝心の中身はというと――

オリジナルの『ライ麦畑でつかまえて』は、16歳の少年ホールデン・コールフィールドが寄宿学校を追放されるシーンからはじまり、そのあと彼がニューヨークで過ごす数日間の出来事をみずみずしい一人称で描いた作品。

60 Years Laterは、『ライ麦畑』の読者にはホールデン・コールフィールドとしか思えないけれども自らは「Mr.C」と名乗る76歳の老人による一人称の小説。老人ホームを脱走した主人公が、やはりニューヨークをさまよう話のようです。真偽の程は確認できませんが、サリンジャー本人が作中に登場し、続編を発表すべきかどうか悩んでいるといったシーンがある、という話もあります。

最後に最新情報。
Nicotextの代表の一人Fredrik Coltingスウェーデンの新聞Localの取材に対し、「今回の訴訟は完璧に馬鹿げてる」と反論。60 Years Laterが、サリンジャーの文体で書かれていることは認めながらも、「言葉と想像力は誰にでも備わっているもの。文体には著作権は存在しない。」と主張している。訴訟については弁護士に任せているとしながら、「サリンジャーは出版差し止めを望んでいるようだが、言論の自由ということからして、誰かが発言する前にそれを押しとどめることは難しいだろう」だとか。

進展があり次第、また続報をお届けするつもりです。

主なニュースソースは以下の通りです。

Salinger's lawyers seek to block Catcher sequel

JD Salinger starts legal action against sequel author

Publisher strikes back at Salinger lawsuit