村上春樹のエルサレム賞受賞について考える

村上春樹エルサレム賞受賞に関して、ずっと書こうとしていたんですが、色々考えてるうちに時間が経ってしまいました。

村上さんのスピーチの直後に、例の酔っ払い会見のニュースがあったもんだから、すっかり影に隠れてしまいましたが、重要な問題もはらんでいると思うのでここに整理しておきたいと思います。

ことの発端は、今年の2月15日から20日にかけてイスラエルの首都エルサレムで開かれる国際ブックフェアにおいて、村上春樹氏がJerusalem Prizeを授与されることになったというニュースから始まりました。これまで作品に対する賞は受けたことはあっても、作家本人に与えられる栄誉賞的なものは殆ど受け取ったことがない村上さんのことだけに、その去就が注目されていました。

そこに登場したのが「NGOパレスチナの平和を考える会」 (http://palestine-forum.org/)です。パレスチナの支援を訴えつづけてきたこの組織は、サイト上に公開書簡(http://palestine-forum.org/doc/2009/0129.html)を発表し、村上氏に受賞を辞退するよう求めました。「ガザで1300もの貴重な命が奪われた直後にあって、エルサレム市長から賞を受け取ることの社会的・政治的重要性を真剣に考えてほしい」というのが書簡の骨子です。

この書簡のことは海外でも報じられ、イスラエルの新聞でも「本当にMurakamiは来るのか?」と心配するような論調の記事が掲載されました。世界文学の動静を伝える文学ブログなどでも、抗議団体の訴えを無視してMurakamiが授賞式に出席するかどうかに、注目が集まりました。

さて2月15日のこと。エルサレム国際ブックフェアのオープニングイベントとして、ペレス大統領やバルカト市長らが見守るなか、村上さんはJerusalem Prizeを受け取り、受賞スピーチを行いました。

日本のマスコミは、村上さんの勇気を称える絶賛の嵐でした。戦争を仕掛けている国の中枢で、しかも大統領や市長の目の前で、戦争行為を批判したわけですから、なるほど大したものです。夕方や夜のニュースでも盛んに流れていましたので、ご覧になられた方も多いことと思います。

ところが海外の反応は、意外にも冷ややかなものでした。イギリスのGuardianに掲載された記事のタイトルは「Murakamiは訴えを無視してエルサレム賞を受け取った」というものでした。 (http://www.guardian.co.uk/books/2009/feb/16/haruki-murakami-jerusalem-prize)。記事の内容を読んでみると、日本との空気の差がどこにあるのかわかります。Guaridanの記事は、基本的にイスラエルの新聞The Jerusalem Post英語版の記事と、エルサレム国際ブックフェアの公式サイトの情報を元に書かれていたのです。

Jerusalem Postの記事(http://www.jpost.com/servlet/Satellite?cid=1233304788868&pagename=JPost/JPArticle/ShowFull)は、村上さんのスピーチを抄録したものとして方々で引用されていましたが、記事本文はスピーチの内容を「難解でわかりづらい」「作家らしい複雑な隠喩を使いながら」といった形容で、意図的に矮小化するようなものでした。

この記事だけを読んでいると、現実感覚に乏しい浮世離れした作家が、難解な比喩を用いて日和見的なスピーチをしたという印象を受けるかもしれません。日本では共同通信社のメモとして、村上さんがイスラエルのガザ侵攻を名指しで批判したこと、白リン弾の使用について言及したことなどがニュースとして流れていましたが、海外のニュースソースでは具体的にイスラエルを批判していると取られるような部分は巧妙に消されており、あくまで中立の立場を保とうとする作家の姿だけが浮かびあがってきます。

あるいは、別の見方をすることが出来るかも知れません。村上さんの言葉が、充分に観客に伝わらなかった可能性です。

日本のマスコミは村上さんの勇気を称えていますが、イランや北朝鮮などと違ってイスラエル言論の自由がしっかりと保障されている国です。政府に批判的な発言をしたからといって、投獄されたりリンチされたりするわけではありません。また、YouTubeの映像を見てもわかる通り、会場の雰囲気は終始なごやかなもので、スピーチの最中には参加者の笑い声も聞こえています。スピーチが終わった後には、観客から大きな拍手が巻きおこり、盛んにサインを求められています。

これは一体何なんでしょう?
私にはわからなくなりました。

Jerusalem Postの記事は村上さんのスピーチを抄録しただけなので、全文を読めば謎が解けるのでしょうか。そう考えているうちに、ズルズルと日にちが経っていきました。

(この項つづく)