「ヤコブ・ダズートの千秋」のために

The Thousand Autumns of Jacob de Zoet

The Thousand Autumns of Jacob de Zoet

"The Thousand Autumns of Jacob de Zoet"の主人公は1799年の7月に出島に赴任してきてることから、実在のオランダ商館長ヘンドリク・ドゥーフがモデルと見ていいと思う。普通なら1、2年の任期のはずが、19年間も狭い出島にいるはめになった人だ。

18世紀末当時のオランダというのは大変なことになっていて、独占していた東アジア貿易はイギリスとの度重なる戦争で削り取られ、フランス革命の煽りを食らって革命が勃発。ネーデルランド連邦共和国は倒れ、1795年にバタヴィア共和国が成立。翌年にはフランスの支配下に入ることになる。この後、ナポレオンの台頭があって弟のルイ・ナポレオンを王に戴くホラント王国となり、1815年までオランダは主権を失った状態だった。

一方アジアでは東インド会社の本拠地であるジャワ島は存続していたものの、肝心の商売の方は1790年の時点で債務超過に陥っていた。ドゥーフが出島に赴任した1799年の12月31日をもってオランダ東インド会社は正式に破産宣告をしている。さらに形式上フランス領となったジャワをライバルであるイギリスが放っておくわけもなく、19世紀に入るとこちらも乗っ取られしまう。世界中でオランダの旗がはためいていたのはオランダ商館のある出島だけになっていたわけだ。

小説がはじまって間もなくこうした状況が説明されるのだけど、どうやら当時のオランダ側は詳しい状況を日本に伝えていなかったらしい。何しろ当時の日本が世界の状況を知る上でほぼ唯一の情報ソースだったのがオランダ側から渡される「オランダ風説書」だったわけで、その気になれば都合の悪い事実は隠せちゃったわけだ。とは言ってもジャワ島がイギリスに占拠されていた数年間はまったく貿易船が来なくなったわけだから、日本側も感づいてはいたんでしょう。弱ったドゥーフはアメリカの船をオランダの船に擬装して出島に入港させるというアクロバティックなことまでやったし、幕府に許されて長崎の町を歩きまわり借金してまわったりしていたらしい。

David Mitchellの小説は1799年から1800年の間の出来事が大半を占めているので、こうした背景がどこまで作品に影響しているのかはわからないけど、知っておいて損はないでしょう。何しか面白い。