カズオ・イシグロ『浮世の画家』

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

カズオ・イシグロ浮世の画家』読了。

う〜ん、むつかしい。
日本人じゃなかったら、細かな時代錯誤に気を取られずに読めたかも知れないのに。

戦前は高名な画家として知られていた主人公は、終戦とともに名誉を失い今は引退の身。弟子には去られ、友も失い、下の娘の縁談にも支障をきたす始末。金銭的には不自由はしていないものの、少しずつ忍び寄ってくる不安をぬぐいさることができない。新たな縁談話の進行と合わせて、自身の画家としての一生を振り返るという構成。

日の名残り』や『私を離さないで』と同じように、イシグロの作品には、大きな謎というか闇の部分が控えていて、読者は螺旋を描きながら徐々に徐々に近づいていくことになる。本作では、戦時中に主人公が行ったとされる不名誉な行いがそれにあたるのだが、前記二作に比べると、あまりに漠然と書かれていて、少々歯がゆい感じがするのは否めない。

1948年から50年という設定で書かれている戦後日本の風俗は、むしろ1950年末に近い。焼け野原となった東京と、朝鮮戦争特需を経て急速に発展していく東京、労働争議や60年安保闘争で騒がしい東京などが、多重露出で重ねられていてこれまた落ち着かない。

小説としてはよく出来てると思うけど、後の作品に比べればまだまだ習作ってことになるのかな。