<試訳> エドワード・ホイットモア著 『エルサレム・ポーカー』(1978) プロローグ

初夏の一日が明けゆく光のなか、プロシア人の男爵とその妻はともに老いを重ねて肥え太った裸体を汗まみれして立ちあがり、大ピラミッドの頂上で日の出を待ち受けていた。

空気は暖かく、砂漠の静謐さに包まれている。時は1914年。ヒンターポンメルンからやって来た高貴な二人組は、大ピラミッドの頂上で夜明けに愛を交わし、満足ゆくまで絶頂を迎えるという長年の夢を果たしたばかりだった。

頂上から数段下では、ここまで二人の世話をしてきた経験豊かな黒人ガイド、かつては奴隷だったカイロ・マーター(Cairo Martyr)という男が腰かけていた。男爵と妻にとっては長い人生の中で特質すべき瞬間だったが、マーターにとっては英国20ポンドを稼ぐ飯の種となってきたいつもの日の出でしかない。

マーターはあくびをすると煙草に火を点けた。

地平線を離れた太陽の光を、男爵と男爵夫人は両手をいっぱいに広げて受けとめた。二人の肌も髪もあまりに白いので、砂漠の夜明けのなかではほとんど目に見えない。

ぎらつく汗と腐りかけの脂肪。日の出。のんびりと一服ふかしたカイロ・マーターが視線を北に向けると、飛行機の唸りが遠くに聴こえてきた。

それはアレクサンドリアからナイルを遡って首都へと朝の郵便を運ぶ小さな三葉機だった。次第に大きくなる機影を眺めていたマーターは、それがまっすぐピラミッドに向かっていることに気づいた。次の瞬間、無蓋の操縦席に座った颯爽とした人影を見分けることができた。革のヘルメットに航空メガネをかけ、白いスカーフを風になびかせたイギリス人パイロットがニヤニヤ笑いを浮かべている。

屈め!とマーターは叫んだ。屈むんだ!

だがしかし、夢見心地の男爵と男爵夫人の耳には彼の言葉も飛行機も届かなかった。地平線上の巨大な赤い火の玉は、老いた肉体を貫く熱をともなって二人を催眠状態に陥れていた。飛行機は陽気に翼を傾けて、かつて人類が造りあげた最も印象的なモニュメントに敬意を表した。やがて優雅に機体を返すと、速度をあげて南に向かった。

思わず立ち上がったカイロ・マーターは、自分で目にしているものが信じられなかった。ほとんど目に見えない男と女が両手をいっぱいに伸ばしたままピラミッドの頂上に立ちつくしている。だが、その身体に首はなかった。三葉機の一番下の羽根でスッパリと切断されてしまったのだ。二つの肉塊は数秒の間その場にとどまり、やがてゆっくりと傾いでいくと、ピラミッドの向こう側へと落下して姿を消した。

カイロ・マーターは新しい太陽を見つめた。指を焦がした煙草が落ちていった。

1914年の朝の郵便。

古き時代に敬礼を。

それから、のんびりとした十九世紀風の古い秩序を颯爽と切り裂いた驚くべき新型飛行機にも敬礼。突然翼をバタつかせて遮二無二に加速を始めた機械時代では生き残ることができなかった世界にも。

その朝、大ピラミッドの頂上で目の眩むほど衝撃的な認識に襲われたマーターは、ヴィクトリア朝の奴隷の日々が永遠に終わったことを知った。もう二度とヴァカンスを楽しむヨーロッパ人に仕えてバザールの裏小屋やナイルに浮かぶ手漕ぎ舟で御用聞きをすることはあるまい。ピラミッドで日光浴をする植民地主義者たちの時代は終わった。ヴィクトリア朝時代は頭を失ったのだ。

19世紀という時代は、プロシア人男爵と男爵夫人にとってと同じく、マーターにとっても1914年の初夏の夜明けに突然終わりを遂げた。世界のその他の場所でこの全く新たな事態が認識されまでには、あと数週間が必要だった。